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第4回認知運動療法研究会学術集会(内田成男学会長・池田由美準備委員長)のプログラムを会員の皆様にお届けいたします。
今年の学術集会は「意識と身体論:リハビリテーションへの応用を探る」をテーマに開催されます。この魅力的なテーマは、近年のイタリア・サントルソ認知神経リハビリテーションセンターを中心とする「認知を生きる(vivere la conoscenza)」と題された研究プロジェクトと連動しています。
中枢神経損傷は、運動機能、感覚機能、高次神経機能等の障害を来たしますが、リハビリテーション治療は、それらの生物学的な脳の構造変化と人間の経験に基づく認知活動との親密な相互関係から捉えなければなりません。リハビリテーションにおける患者の意識経験とは何か。中枢神経系の損傷によって患者の身体意識はどのように変容するのか。認知運動療法を受けるという経験によって患者の思考はどのように変化するのか。こうした個人の意識経験を考慮して企画される認知運動療法によって患者の身体意識や思考を変えることができるし、それによって生じる脳の生物学的な変化が認知過程を改変させるのです。
あらゆる運動機能回復を病的状態からの学習過程と捉え、学習過程が認知過程の改変に基づいていると考えるのであれば、脳を「思考を生み出す器官(Perfetti)」と捉える必要があります。つまり自己の身体に根ざした意識経験の変化として生じる思考が生物的な脳の機構を改変し、その生物学的な脳の機構の改変がまた意識経験を変化させて新たな思考を生み出してゆく、そうした「循環(Varela)」システムとして中枢神経系を捉える必要があるのです。
Canovaの彫刻「愛と精神」を眺めてみましょう。患者が手で物体を摘まむという現象を考えてみましょう。その瞬間に主観的な知覚の感じ(クオリア)があり、それを手の関節可動域や筋力という客観的な数値のみで理解することはできません。主観を意識経験(一人称言語)、客観を科学的知識(三人称言語)としてみましょう。人間の行為は、リハビリテーションの治療は、まさにこの「経験と科学」がダンスを踊るように循環しているのです。
人間は骨や筋肉からなる動く機械ではありません。心的な意識経験を有し、身体を介して知覚し、自らの脳の機構を改変し、世界に意味を与えつづける、思考を生み出す生物です。「認知を生きる」の研究プロジェクトは、こうした人間の意識経験、身体意識、言語(一人称記述)、治療経験、回復に向けての思考、といった問題を論議することで、新しいリハビリテーションの可能性を探究しようとしています。
これはとても難解なテーマですが、下條信輔先生、河本英夫先生という、二人の「人間の意識と身体と思考の探究に向けて疾走する科学者と哲学者」の協力を得て、本学術集会は開催されます。
素晴らしいコラボレーションとなるよう、皆様の御参加を心から期待いたします。認知運動療法は生きており、進化し、意識と身体論をリハビリテーションの臨床に持ち込みます。東京で思いきり思考を鍛えて、夏休みに入りましょう。
2003.6.12
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