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メッセージNo.29  「1990年の手紙」

 前略 板場先生、沖田先生、阿部先生、御元気ですか。高知には、もう冬の空が広がっている頃と思います。僕の方はフランスでの研修を終了し、この手紙をイタリアのFirenzeで書いています。そして、ここ数日、非常に興奮しています。まずは、僕の話を聞いて下さい。

 Milanoで「Perfetti法」という片麻痺の治療に関するイタリア語の本を買い求めました。これが僕の興奮の始まりです。文字や写真を見ても何をやっているのかわかりません。そして、参考文献を見ました。片麻痺の治療の本なのに、最新の大脳生理学の論文が非常に多く含まれているのです。ほとんどが脳の学習に関する生理学実験の論文です。

 そこで、Perfetti氏の病院をMilano大学附属病院のセラピストから聞きました。Veneziaに近いSchioという町にPerfetti氏はいることがわかり先週訪問してきました。病院は大きく、対象疾患はほとんどが中枢神経疾患で、医師とセラピスト10名、工学関係者3名のスタッフです。

 片麻痺の治療の指導を3日間受けました。ここでは歩行訓練以外の運動療法は全く行っていません。全ての患者が午前1時間、午後1時間の「Knowing therapy」というのを受けています。これは言葉で非常に表現しにくいのですが、要するに触覚、運動覚、重量覚を利用した「運動のイメージ・トレーニング」です。例えば、図1・図2のような方法で患者に当てさせるのです。非常に患者は考え、そして、学習してゆきます。1時間続けるとかなり疲れます。患者が考える(自分の麻痺肢の運動を!)などという訓練がかってあったでしょうか。これは感覚フィードバック訓練とは違います。フィードバック訓練はこの訓練の後半で取り入れています。こうした訓練の種類が30種類位あり、訓練室には種々な木工器具があります。そして、静かです。「何だこれは?」「単なるフィードバック訓練ではないか!」と何度も思いました。しかし、説明を聞くと違うのです。脳の訓練なのです。

 Dr Perfettiは「Rehabilitation and learning」という雑誌の編集委員長をしています。ガリレオを生んだPisa大学の医学部を卒業後、神経学者として脳卒中片麻痺の治療を本気で考えている五0歳の男性です。僕には北海道大学医学部生理学教室のJ.Tanji先生の「Differences of Neural Responses in Two Cortical Motor Area in Primates」をコピーして下さり、Knowing Therapyの理論背景の重要な研究のひとつであると言いました。motor areaのニューロンの電気生理研究です。僕に理解できるはずがありません。

 余談ですが、僕はセラピストに「片麻痺が治るはずがない」と言いました。セラピストは「もちろん限界はある。しかし、この方法は最も良い方法だ。」と言いました。そして、「セラピスト自体の意識を変えないといけない」とも言いました。彼は、というのは、そのセラピストのことですが、イタリア語はもちろんフランス語、英語がペラペラで、非常に勉強しています。ちなみに、ここの訓練室には床反力計はあるのに短下肢装具はひとつもありません。治療期間は一応6ケ月がメドであり、効果判定の論文はセラピストが準備中だとのことでした。

 信じて頂けるでしょうか。これは非常に重要な問題です。もし、効果があれば、PT・OTを含めた、脳卒中片麻痺と脳性麻痺(ここではCPもこの方法で治療している)の治療手技が全て変わります。現に、ここでは機能訓練はまったく行っていません。そのようなアプローチは「Old−fashioned theories」なのだそうです。

 僕は、一応、2冊の出版されている本(イタリア語)、雑誌(英文含むが少し古い)、ビデオ(理論の解説中心)を入手し、多くのスライドを撮って来ました。今は、この方法がイタリアでどの程度受け入れられているかを調べています。

 片麻痺が治るかも知れません! 「そんなことはない!」とも思います。しかし、Perfetti氏は天才なのかも知れない? などとも考えてしまいます。訓練方法は3日間でマスター出来ましたが、理論が僕には高度すぎて理解できないのです。帰国後、詳しく報告しますが、もし、効果があれば、僕の、というより、日本のセラピスト、世界のセラピストが本気で勉強し、実践しなければならない方法です。そして、逆にセラピストは必要なくなって来ます。方法は簡素で誰にでも出来るのです。イメージの反復なのです。重要な点は! つまり、この方法は、恐らく最もシンプルで効果的な「運動学習」なのです。

 突然、このような手紙を書いてすみませんが、数日来、大変興奮しています。夏に沖田先生から送って頂いた大江健三郎の「治療塔」という本のストーリーは、地球を離れた人類が、他の惑星で治療塔と呼ばれる「人間を若返えらせる部屋」を発見して帰ってくるというものでしたが、僕に取ってPerfetti法はまさに「治療塔」です。これを持って日本に帰ります。今は、この方法が「片麻痺患者の麻痺肢を本当に少しでも回復させることができるものであってほしい」と願うのみです。

 Firenzeは本当に美しい街です。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品を見ていると、天才が存在するかも知れないと思ってしまいます。Perfetti氏が天才なのか否か、それは帰国して、皆さんと共に勉強してゆきながら判断したいと思います。

 板場先生、沖田先生、阿部先生、僕の夢のような話よりも、毎日の仕事が忙しくて大変かと思います。12月には帰国予定ですので、御自愛下さい。僕は残りの日々をまだまだ楽しみます。イタリアの次はドイツかスペインのセラピストと出会うことになると思います。

 フランスでの研修については、奈良先生より協会ニュースへとの依頼があり、視察した内容を「フランスにおける理学療法の現状について」と題して送りました。

 それでは、お元気で。

宮本省三 1990.11.11(フィレンツェにて)

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