認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.48  「納得するまでの時間」
−長尾病院、服部一郎先生の思い出−

 先月 (2009年9月18日)、熊本で飲んでいて、友人が「一昨日、服部一郎先生が亡くなった」と寂しそうに呟いた。古いセラピストなら、我が国における「脳卒中のリハビリテーション治療」の礎を築いたのが長尾病院(福岡県)の服部一郎先生であることを知っているはずである。
若いセラピストでも、「日本のリハビリテーションの陽は西から登った」という言葉をどこかで聞いたことがあるだろう。服部先生は内科医で、戦後に九州労災病院リハビリテーション部長となり、やがて長尾病院を開業し、「リハビリテーション技術全書(医学書院)」という名著を書かれた。今から三十年くらい前には、リハビリテーション医学、理学療法、作業療法を学ぶすべての学生が、この本を読んで勉強した。

 枕のように分厚い「リハビリテーション技術全書」の最大の特徴は、一貫して臨床重視の書き方がなされている点である。理屈よりも実践力が重視され、治療をどのように具体的に行うのか、その臨床場面における実技が大量のイラストで示されている。共著者である理学療法士の細川忠義先生の職人的な工夫が随所に散りばめられた技術全書なのである。
また、それは服部先生が臨床を一度も離れず、一貫して患者さんとともにリハビリテーション医療の現場を生きていたことの証でもある。

 その服部先生の長尾病院を学生の臨床実習巡回で訪問した時、当時そこで理学療法士として働いていた友人の高口聡氏にお願いし、先生に面会したことがある。
そして、御挨拶のつもりだったのに1時間ほど話をして頂いた。もう二十五年以上も前のことだが、まだ二十歳過ぎの若輩者の僕に、なぜ診療時間を割いて長時間にわたって話しをしてくれたかは定かでないが、おそらく、その理由は僕が片麻痺患者の「予後」についての話題を口にしたからだと思う。当時、先生の弟子でもあった二木立先生や上田敏先生らの「脳卒中片麻痺の予後予測」の研究が注目されていた。

 服部先生は、流行の予後予測研究の重要性を認めた上で、「長尾病院には福岡市内の脳卒中片麻痺患者が数多く入院してくる。そして、一生懸命リハビリして歩けるようになり、さぁ家庭に帰ろう、社会復帰しようという段になると、片麻痺患者の多くが湯布院(大分県)などの温泉保養地のリハビリ施設に行ってしまう。まだ手足に麻痺が残っており、リハビリを続けたいという。アメリカの文献では早期退院となっているが、日本ではそうはいかない」という話をされた。

 そして、僕に向かって、こう聞いた。

 「君、なぜだと思うかね?」

 「・・・・・」

 僕は答えることができなかった。すると、先生はこう呟いた。

 「日本人の場合、納得するには、時間というものが必要なのだよ」

 つまり、片麻痺となった自分自身を受け入れるには、最低でも一年くらいの時間が必要だということである。季節が巡り、やがて発症時と同じ季節がやってきた頃、患者はもう十分リハビリをやったと納得し、麻痺は残っているが一年前の社会に帰ろうと考えるようになる。
それは日本人特有の時間感覚なのだと、先生は考えておられるようだった。

 今のリハビリテーション医療は、発症後3ケ月で退院を求める。そのためには片麻痺の回復よりも、残された健側肢を使っての日常生活動作の再獲得が最優先される。回復期病棟という言葉の回復という意味は、運動麻痺の回復のことではない。厚生労働省の医療費抑制政策下で、日本のリハビリテーション医療は早期リハビリテーション時代に突入している。
その早期退院の根拠に予後予測研究が使われている。患者の日常生活動作力は発症後3ケ月ぐらいでプラトーとなるというデータだ。

 今のリハビリテーション医療システムに、脳卒中片麻痺患者さんたちは納得しているのだろうか? 勝手に納得しているのは医療者側だけではないのか。

 戦前生まれの服部一郎先生は、日本の医療がアメリカナイズされることを良しとしない、脳卒中片麻痺患者とともに生き、彼らの納得する人生を見つめ続けた、我が国が誇るべきリハビリテーション医療の先駆者であった。

 僕は、若き日に、服部一郎先生と一緒に働き、細川忠義先生から教えを受け、まるで両先生と同じように臨床にどっぷりと浸かって、患者と生きる時間を共有している熊本の友人と酒を飲みながら、ペルフェッティ先生の言葉を思い出していた。

 ペルフェッティ先生は、回診で患者にこう言ったことがある。

 「脳卒中片麻痺はゆっくりと回復する、何年もかかって回復する」と。

 脳卒中片麻痺患者に納得するまでの時間を与えないリハビリテーション。

 何年もかけて回復する可能性を断ち切るリハビリテーション。

 それが現在の我が国のリハビリテーション治療だ!!

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