認知神経リハビリテーション学会

Home > 会長からのメッセージ目次 > メッセージNo.100

Index menu

HOME

認知神経リハビリテーション

学会について

会員へのお知らせ

各種コース

学術集会

アカデミア

クリニカルカンファレンス

セミナー

スペシャルセミナー

機関誌

参考図書・文献リスト

入会のご案内

利益相反・患者プライバシー保護

会長からのメッセージ

リンク

各地の勉強会から

問い合わせ

会員専用図書室

会長からのメッセージ

←No.99へ No.101へ→

メッセージNo.100 注意スキーマ理論(Attention schema theory)

 2020年、新しい年が始まった。そして、認知神経リハビリテーション学会のホームページを見て驚いた。「会員図書館リニューアルしました」と記された所をクリックすると、会員限定で「膨大な学術情報」が公開されている」からだ。
 2000年の学会の誕生から2019年までの「ジャーナル(認知運動療法No.1〜9)認知神経リハビリテーションNo.10〜19」、「第1回学会から第19回学会までの学会抄録集」、情報機関誌「Nave」、「Perfetti先生の講演録を冊子にした「マテリアーレ」、「理事各位の対談集」、その他がすべて公開されている。
 古い会員は手元にあるだろうが、新しい会員には貴重な勉強の資料になるだろう。この学会活動の足跡を読むだけで何ヶ月もかかるだろうが、もし読み切れば学会が全体として何を勉強しながら患者の回復とリハビリテーション治療の可能性を探求して来たかの輪郭が見えるはずだ。
 君はこの「膨大な学術情報」に「注意(Attention)」を向けただろうか。あるいは、その情報の何に注意を向けただろうか。大切なのは注意だ。注意が働かなければ学習は上手く行かない。これは勉強でも、運動スキルの発達でも、患者の運動機能回復でも同様だ。

 今回は、グラチアーノが提唱している意識(consciousness)の「注意スキーマ理論(Attention schema theory,AST)」を紹介する。これは、脳が注意スキーマ(アテンション・スキーマ)によって「自己の主観的な認識(subjective awareness)」、つまり「自己が世界の何かに意識を向けていることへの気づきや自覚」を構築することを説明するモデルだ。
 まず、脳は情報構築器官である。情報は外部世界にあるが、脳の内部世界にもある。注意はそのどちらの世界にも認知的にアクセスできる。そして、一般的に、君が外部世界を視覚的に見ていなければ、注意は必要ないし、脳は情報を構築しない。意識経験における「自己の主観的な認識」は生じない。それを前提として、君が目の前の「リンゴ」を見ている状況を説明してみよう。

図 The attention schema theory (AST) by Graziano,2015
図 The attention schema theory
(AST) by Graziano,2015

A)君は視覚的にリンゴを見た [V]
 V(=Visual)は外部世界からのボトムアップ刺激入力であり、脳に「視覚表現(visual representation)」される。これによって脳は何らかの視覚情報を構築した。この情報処理プロセスにはリンゴの刺激機能(形、色、動きなど)を処理する能力が含まれている。しかし、脳がリンゴを主観的に認識していることを自覚していると結論づけることはできない。ただし、リンゴを見たことは報告できるだろう。あるいは、リンゴの形、色、動きを見たことは報告できるだろう。

B)君は自己が視覚的にリンゴを見たことを主観的に認識する [S+A+V]
 S(=Subjective awareness)は自己の内部モデル、A(=Attention schema)は注意スキーマ、V=(=Visual representation)は視覚表現である。
 リンゴを自己が主観的に認識していることに気づいたり、そのことを自覚するには、視覚表象以外の何かが必要である。それを自己、注意、視覚表象の間の包括的な関係性として[S+A+V]と表すことができる。この情報処理プロセスにはリンゴの視覚的表現(V)だけでなく、身体的および精神的な主体(エージェント)としての自己の内部モデルからのトップダウン(S)、およびそれらの間を関係づける注意スキーマが含まれている(A)。
 自己の内部モデル(S)とは、「身体図式(body schema)」のような感覚運動的な身体性、あるいは知識、思考、言語、興味、情動、記憶のような精神性を含めた、多様な自己の視点(パースペクティブ)に立脚することである。
 注意の内部モデル(A)には、自己がどのようなリンゴへの志向性によって、視覚情報を処理して表象し、行為を決定するかに関する情報が含まれている。

 それは、自己(S)である君が、あるいは僕が、リンゴに触れる、リンゴを手で操作する、リンゴを食べる、リンゴを匂う、リンゴを味わう、ビートルズのマークと比較する、セザンヌの絵を想起する、青森でリンゴ狩りに行った時の記憶を想起するといった、多種多様な自己の内部世界の視点から、つまり「私(Me)」の視点からリンゴを見る時に、注意(A)を選択的に活性化して、外部世界のリンゴの視覚表象(V)を構築することである。その時、リンゴの視覚表象は個人によってまったく異なるが、それが「自己が視覚的にリンゴを見たことを主観的に認識する」という意識経験を発生させる。

 グラチアーノは、この自己の内部モデル(S)と注意スキーマ(A)の関係が、「視覚表象(V)を自己が主観的に認識している」という意識を脳に発生させて行為に導くとしている。そして、脳には自己が主観的な認識をしているという非物質的な特性が含まれていると主張している。
 また、これは個人的な見解だが、S+A+Vは次のように説明できるかも知れない。視覚表現(V)は後頭葉のニューロンレベルで組織化されている。自己の内部モデル(S)もニューロンレベルで組織化されている。身体表象(body representation)がその典型的な例であろう。それは頭頂葉のニューロンレベルで組織化されている。しかし、注意(A)は何かを表象(representation)しているわけではない。注意は意識の志向性の流れのようなものであり、その志向性の方向、選択、集中、分散、ターゲットなどを操作するスキーマ構造を有しているが、SやVのように世界の何かを表象(再現)しているわけでなく、私がリンゴを、ある視点から、ある見方するために、リンゴを見ていると気づいたり、それを自覚するために、志向性のスイッチの切り替えを行っている。
 こうした自己の内部モデルの表象(S)と視覚表象(V)を関係づける注意(A)の志向性の発達が、人間の脳を進化させてきたようだ。注意とは意識の志向性の作用であると同時に、内部世界と外部世界を瞬時につなぐ「意識の架け橋」のようなものだ。
 「注意スキーマ理論」の核心は、自己が注意スキーマに認知的にアクセスすることで、「私が見ている」という意識、すなわち「自己の主観的な認識(subjective awareness)、つまり、「自己が世界の何かに意識を向けていることへの気づきや自覚」を構築している点にある。つまり、私の”まなざし”で世界を見ているから、脳は「私が見ているという自覚をつくり出すのである。

 だから、僕は、2000年〜2019年に発行したジャーナルの論文を見ながら、単に視覚表象(V)しているわけではない。僕は、それらの論文を「S+A+V」として視覚表象している(読んでいる)。
 たとえば、2000年のジャーナルの創刊号(特集:運動イメージ)を、運動イメージについてペルフェッティ先生やパンテ先生から教えられた知識から見る(読む)。視覚イメージよりも体性感覚イメージを重要視する視点に立脚して見る(読む)。あるいは、臨床で片麻痺患者に手指伸展の運動イメージの想起を求めたことを思い出しながら見る。さらに、当時の学会誕生の熱気や、喜びや苦労を共にした当時の研究会のメンバーたちの顔を脳裏に浮かべながら見る。ある種の懐かしさを感じながら見る。それが僕の自己の内部モデル(S)だ。
 そして、その自己の内部モデルからのトップダウン出力が注意のフィルター(スキーマ)を介して外部世界に投射(プロジェンション)される。何度も何度も注意(A)は変わり、視覚表象(V)の意味も違ってくる。それによって意識経験が変わってゆくのを感じる。注意が自己と視覚表象をつなげることによって自己の主観的な認識の流れを自覚できる。
 なお、この「注意スキーマ理論」は、古典的なブレンターノやフッサールといった現象学系の哲学の「意識の志向性の投射」という概念に近いが、注意の発達が意識の創発に関わっいる点を強調した理論モデルだと言えるだろう。

 グラチアーノは運動野のホムンクルスには行為スキーマ(目的ある運動パターン)がニューロン・レベルで再現されていると主張している科学者だが、この「注意スキーマ理論」も魅力的なモデルだ。彼は、注意スキーマは「身体図式(body schema)」に似ていると行っている。おそらく、知覚スキーマには自己+注意+視覚表象(S+A+V)だけでなく、きっと自己+注意+運動表象(S+A+M)や自己+注意+言語表象(S+A+L)という同じ原理のスキーマがあるはずだ。見ている自己、運動している自己、話している自己にも注意スキーマは必要だ。
 また、注意スキーマは他者理解や社会性の発達においても重要だともしている。社会脳には「ミラー・ニューロン」の活性化や「共同注意(joint attention)」が要求される。それによって自己と他者が”まなざし”を共有し、我々の生きる共感や信頼を育むことになる。
 注意スキーマ理論は意識の進化を解くという野心に満ちた神経心理科学的な理論だ。きっと、リハビリテーションにおいても、片麻痺の運度麻痺や感覚麻痺の回復、半側空間無視、失行症、発達障害児などの注意障害の理解に、あるいは認知神経リハビリテーションの「行為間比較」の解釈に、有益な新しいアイデアをもたらすだろう。

 リハビリテーションは注意障害を回復する手段でなければならない。ウイリアム・ジェームスは「注意というものが何であるか誰でも知っている」と言っている。確かに、我々は注意については知っているが、まだ注意障害のリハビリテーションは確立されてはいない。

君に「会員図書館リニューアルしました」に注意を向けてほしい。
君に「注意スキーマ理論」に注意を向けてほしい。

文献

  1. 1)Graziano M・Webb T :The attention schema theory: a mechanistic account of subjective awareness.Front. Psychol.,23 April 2015.  
←No.99へ No.101へ→

▲ ページ上部へ

pagetop