認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.50  「問題が出現する理由」

 理学療法や作業療法の学校教育には長期の「臨床実習」というシステムがある。学生は臨床現場で患者に直接接しながらセラピスト(スーパーバイザー)からさまざまな臨床教育を受ける。机上の知識だけでなく、対人能力や実際の治療技術を要求される。学生に取ってはかなりの試練であり、不合格となれば留年してしまう可能性もある。

 学校(養成校)の教師は臨床実習巡回で各地の病院を訪ね歩き、学生の実習状況を確認する。近年の印象として、学生の臨床実践能力が低下し、臨床実習の継続が困難であるとか不合格という評定を受ける学生が増加しつつある。教師よりもスーパーバイザーの方が苦労しており、その努力には心から感謝するが、どのようにすればより効果的な臨床実習が図れるかは教師にもわからず、問題を有する学生の指導や対処には苦慮することが多い。

 問題のありかは、どこにあるのだろうか?

 この問題の困難性を考えている時、不意に、「痙性麻痺」に対するリハビリテーション治療の困難性との共通点に気づいた。

 脳卒中片麻痺患者や脳性麻痺児は錐体路損傷によって痙性麻痺が出現する。麻痺肢の筋の伸張反射が亢進し、異常な筋緊張が出現してしまう。また、分回し歩行やシザース歩行などにおける下肢の伸展パターンも出現する(股関節内転筋、大腿四頭筋、下腿三頭筋などの異常な筋緊張は体重を負荷した時に顕著である)。
痙性麻痺は相動性伸張反射(速さ依存性収縮)の亢進であり、折りたたみナイフ現象(筋紡錘由来の伸張反射+腱器官由来の自己抑制)を特徴とする。その原因は、筋線維への物理的伸張刺激であり、それに緊張性頸反射や陽性支持反応などの低次姿勢反射活動の影響も加わると考えられて来た。

 いずれにせよ、患者が行為や動作をすると物理的に素早く麻痺筋が伸張されるため、痙性麻痺は増悪する。その結果が異常な運動パターンや異常歩行である。痙性麻痺は理学療法や作業療法では制御できない場合が圧倒的に多い。新しい治療仮説を構築しなければ、リハビリテーション治療による回復は図れないだろう。

 ペルフェッティは痙性麻痺が出現する理由を次のように考えている。

 「患者の残存能力に比べて課題が複雑過ぎるために異常な筋緊張が出現してしまう」

 ここで言う「患者の残存能力」とは、脳の「認知過程(知覚、注意、記憶、判断、言語)の残存能力のことである。例えば、行為や動作時にどのような知覚、注意、運動イメージが要求されるのか、あるいは患者が意識の志向性を向ける対象は何かというような点である。患者の脳にそれらを表象したり想起する能力が残存していなければ、伸張反射がすぐに出現してしまう。そして、それは行為や動作の難易度が高い時(要求する課題が複雑過ぎる時)に顕著となる。痙性という現象は錐体路損傷という内的な問題に起因するというより、外部世界と相互作用する残存能力の欠如として出現するのである。

 だとすれば、患者に早期リハビリテーションと称して行為や動作をいきなり要求するのではなく、患者の残存能力に見合った認知問題(課題)を要求すべきだろう。ここに認知運動療法が患者に行為や動作を強要せず、空間問題や接触問題を適用する理由がある。

 強調したいのは、この痙性麻痺に対する認知運動療法の考え方が、臨床実習で悩む学生指導に有効である可能性である。つまり、学生の問題は、教師やスーパーバイザーの要求する課題が複雑過ぎるから出現しているのである。

 しかし、だからといって課題を安易に簡単なものに変えても問題は解決しない。ヴィゴツキーの「発達の最近接領域(子どもが一人でできることと大人の介助があってできることの差の領域)」に課題を設定する必要がある。

 学生の臨床実習と痙性麻痺に対するリハビリテーション治療の現状は、同じ問題を抱えている。

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