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メッセージNo.72 セラピストの魔法
−これから疼痛に対する脳のリハビリテーションが始まる

 マリーナ・ゼルニッヒ先生の印象は”やわらかさ”である。彼女の臨床での治療を見学すれば誰でも一瞬でわかる。彼女の表情、患者への眼差し、声のトーン、会話の仕方、接し方、身体の動かし方、手の持ち方、スポンジの触れ方、テクニックの変化・・・、どれを見てもとにかくすべてが圧倒的に”やわらかい”。
 そして、その”やわらかさ”のなかに”強固な知性”が息づいている。強固な知性とは、単なる本や文献上の知性ではなく、臨床に情熱を燃やす知性のことだ。この強固な知性は”やわらかさ”に包まれており、”臨床の空気”に充満している。
 疼痛に苦しむ患者たちは、その言葉では表現することが困難な臨床の空気を無意識に吸っているからこそ、自己の身体についての一人称言語記述を彼女に切々と語り始める。彼女はその言葉の背後に潜む意味を理解しようとする。その訓練室では”信頼(コンフィデンス)”と呼ばれる患者とセラピストの”共感関係”が自然に発生している。
 一体、何が、こうした”やわらかさ”、”強固な知性”、”臨床の空気”、”信頼”、”共感関係”の自然な発生を創発させるだろうか。あるいは、どのようにすれば、そんな濃密な”治療の世界”がつくれるのだろうか。
 彼女は、スキオ病院で長く臨床をして、数多くの患者を治療して来た。また、2010年にサントルソ認知神経リハビリテーションに来てからも臨床と研究をつづけている。だから、そうした長い経験の蓄積によってそんな濃密な治療の世界がつくれると理解するのは安易だ。長い経験の蓄積が条件なら、誰でもそんな治療の世界がつくれているはずだ。
 もちろん、それにはスキオ病院の時代からペルフェッティに教育され、周りの優れたセラピストと共に勉強してきた来歴があることは事実である。また、彼女は近年の脳科学における疼痛の研究論文を日常的に読んで治療に応用しようとしている。
 しかし、それだけではない何かがきっとあるはずだ。彼女独特の濃密な”治療の世界”をつくりだす何かがなければ、訓練室での治療は平凡な結果となってしまい、決して良い治療効果を引き出すことはできないように思える。なぜなら、それは「患者と向き合うことに全身全霊を傾けることができるセラピスト」のみが到達し得る”特別な治療効果”だからだ。
 “特別な治療効果”とは何だろうか? 私たちセラピストは、一人のセラピストとして患者に”特別な治療効果”を提供できるだろうか。”特別な治療効果”とは患者一人一人についてのものだ。いわゆる伝統的なリハビリテーション治療でも、一般的な認知神経リハビリテーション治療でも提供できない治療効果だ。そして、誰もが簡単に真似できないという意味で、”彼女の魔法”だと言ってもよいだろう。
 彼女の魔法は「私を変容させる」。私とは患者自身のことだ。たとえば、「身体の痛みを有する私」のことだ。彼女の特別な治療効果は、そんな「私を変容させる」。
 そして、変容とは「質が変わる」ことだ。痛みは量や強度として捉えられることが多い。だが、実は、痛みの質が変わることによって、痛みの量や強度が抑えられてくる。また、痛みの質は脳が”情報を構築する”ことによって変容する。どのように情報を構築するかによって痛みの質が変わる。
 しだかって、「私を変容させる」には、体性感覚情報を適切に構築させる必要がある。”彼女の魔法”とは、その適切さの精度の高さのことである。患者を詳細に観察し、一人称言語記述を分析し、的確な認知問題を提示し、運動イメージ(知覚仮説・意図)を想起させ、過去、現在、未来の行為を多感覚統合的に比較させることで、患者はゆっくりと「私が変容した」ことに気づいてゆく。その時、必ず、患者は重い笑顔を見せる。その笑顔が日々の訓練によって徐々に軽くなってゆく。私は変容することができる。そのゆるやかな変容(回復)の歩みを止めない臨床こそが、彼女の魔法だと思う。
 疼痛とは何だろうか? それは一つの強い”欲求”なのかも知れない。痛みの発生は、身体に何らかの未知な異常が生じ、「脳が情報を求めている状態」ではないだろうか。だとすれば、セラピストは、どのような情報を構築すれば痛みが軽減するのかを知っておく必要がある。この方法で体性感覚情報(知覚)を構築すれば痛みが軽減するという仮説を立案し、それを治療によって検証する。
 たとえば、彼女は、右前腕切断後の幻肢痛(phantom pain)に苦しむコスメティクな義手を装着した患者に対して、両側の腕にスポンジを当て、次のように質問している。「スポンジは、左右同じ位置に置かれています。変わるのはその固さだけです。骨盤に感じるほんのわずかな負荷の変化や体幹の移動に注意を向けて、スポンジの固さが同じかどうか言ってください」。

マリーナ・ゼルニッヒ先生

 これはいわゆる理学療法や作業療法ではない。これは神経因性疼痛(dolore neuropatico)に対する脳のリハビリテーションの試みであり、新しい疼痛治療の臨床への挑戦である。この神経因性疼痛に対する治療は整形外科疾患(肩の腱板損傷、腰痛症、頸椎症、下肢の疼痛など)や片麻痺の肩の痛みや手足のシビレなども含めた、いわゆる慢性痛に有効である。疼痛からの解放が患者たちの切なる願いである。それに少しでも応えたい・・・。
 マリーナ・ゼルニッヒ先生のスペシャル・セミナーが2016年9月28-29日に東京で開催される。研究会員の皆さんに、彼女の”やわらかさ”、”強固な知性”、”臨床の空気”、”信頼”、”共感関係”に根ざした治療を知ってほしい、感じてほしい。そして、疼痛に苦しむ一人一人に、あなたが”特別な治療効果”を提供できるようになってほしい。

 セラピストの魔法はマジックではなく、クラシカルなサイエンス(客観)とロマッチックなサイエンス(主観)の融合によって生まれる。

 疼痛のリハビリテーションには可能性がある。
 これから疼痛に対する脳のリハビリテーションが始まる。

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