認知神経リハビリテーション学会

Home > 会長からのメッセージ目次 > メッセージNo.108

Index menu

HOME

認知神経リハビリテーション

学会について

会員へのお知らせ

各種コース

学術集会

アカデミア

クリニカルカンファレンス

セミナー

スペシャルセミナー

機関誌

参考図書・文献リスト

入会のご案内

利益相反・患者プライバシー保護

会長からのメッセージ

リンク

各地の勉強会から

問い合わせ

会員専用図書室

会長からのメッセージ

←No.107へ No.109へ→

メッセージNo.108 疼痛によって機能解離が起こる

 先日、ある友人のセラピストから若い疼痛患者に対する治療について質問を受けた。症状からは線維筋痛症(Fibromyalgia)または複合性局所疼痛症候群(Complex regional pain syndrome,CRPS)の可能性が高い。特に、手と足部に何ヶ所か分散した腫れと疼痛が出現しており、治療に難渋しているようだ。患者もセラピストもとても困っていて、治療のヒントがほしいということなので、次のような2つのコメントをメールで返した。


 残念ながら、この症例へのコメントは僕には困難なように思います。

 『疼痛の認知神経リハビリテーション』の本には、「行為間比較」による治療のエピソードが掲載されています。それらを参考にしながら、患者の言語記述と訓練を組み合わせる、という試みになると思います。患者に過去の行為の記憶を語ってもらうと、状況が少し変化するかも知れません。
 思いつくままに記しますが・・・、問題は患者さんの情動面と腫れでしょうね。「情動的な身体」が変容すると悪化する可能性がありますね。「腫れ」➡「原因不明の良くない現象」➡「情動的な否定感(気分の落ち込み)」➡「痛み」という悪循環になりそうです。
 訓練課題としては、手足(末梢部)への簡単な接触問題や空間問題を試みることから始めず、中枢部(肩や股関節)への接触問題や空間問題をしばらく試みたらどうでしょうか。
 なぜ、そうするのか? 上手く説明できませんが、僕の「直感」のようなものです。おそらく、この患者の場合、末梢の手足の運動イメージ(知覚仮説)は想起していないと考えられます。つまり、「機能解離」のような状態です。機能解離には2つの方法で対処します。一つは手足への訓練課題の難易度を下げる。もう一つは課題の難易度を下げて訓練を試みるよりも、中枢部の認知問題によって中枢部の肩や股関節の運動イメージ(知覚仮説)を活性化する。疼痛患者には後者の方法が有効かもしれない。
 そして、患者が「手足の認知問題をやりたい」と自分から言い出すのを待つ。その時、訓練の前に、セラピスト自身が実際に試みて、視覚的に見せたり、その感覚を言語で説明します。その上で試みます。パッシィブ、アクティブは片麻痺ではないので、どちらからでもいいように思います。もちろん、ダイナミックな運動は避ける。
 何の参考にもならないかも知れませんが、思いつきを記しました。また、何か思いついたら連絡します。取り急ぎ。

 追記
 仮説は、「患者は手足に囚われている」です。だとすれば、注意を分散してやることが必要ではないか。「注意の解放」。但し、これは僕の直感に過ぎない。仮説は訓練で検証してみて下さい。


 背臥位から訓練を始めてもいいと思う。情動的な身体は、表面、圧、方向、距離といった通常の接触や空間のパラメーターで問うのではなく、好きか嫌いか、気持ちよいか悪いか、安楽か安楽でないか、安心か不安か、嬉しいか悲しいかなどの、どれかを、5段階ぐらいのパラメーター(好き・やや好き・普通・やや嫌い・嫌い)に区分して解答させたらいいのではないだろうか。情動を変えるには「感情的な言葉」と「知覚の言葉」を一致させる必要があるのではないかと思う。
 それと、情動的な身体の場合は、回復への「物語」が必要な気もする。たとえば、中枢部の知覚が向上すれば、段階的に末梢部も回復する可能性がある・・・といったムンテラ?
 整形でも機能解離は起こる。足の外傷で、下肢を棒のように動かすなど。その場合も、機能解離を解くには中枢部にも訓練する。末梢部(手と足)の訓練を始めるタイミングは状況を見ながら決めるしかない。
 疼痛と機能解離は、面白い研究テーマになるかも知れない。疼痛時、脳内ではかなりの抑制が働いている可能性が高い。それではまた。


 ここで強調したいのは「疼痛と機能解離(pain and diaschisis)」についてである。
 なぜ、疼痛と機能解離を結びつけたコメントを返信したかは不明である。コメントするまでこの2つの言葉は僕の頭の中では合致していなかった。それを突然、関連づけた。何だか不思議な感じだった。その後、疼痛と機能解離(日本語)、painとdiaschisis(英語)をネットで検索してみた。驚くべきことに誰も結びつけていない。2つを関連づけて研究していないのだ。関連文献が発見できない。「嘘だろ」と思った。疼痛のメカニズムについては多くの論文があるが、それを機能解離では説明していないようだ。視床とCRPSの関係を機能解離で説明しようとする研究が一つあった。もちろん、もっと慎重に調べないと断定できない。少なくとも一般的な疼痛のメカニズムの説明には含まれていないようだ。

 「機能解離(ディアスキーシス,Von Monakow)」とは、「脳(中枢神経系)の損傷を受けていない健常な領域が一時的に活動を停止する抑制現象」である。脳卒中後に発生することがよく知られている(遠隔性機能障害)。損傷を受けていない遠隔領域の機能が一時的に失われる。回復(機能解離の解除)は急性期後の2週間から6ケ月と言われている。
 たとえば、内包出血後の急性期の片麻痺の弛緩性麻痺は脊髄の機能解離である。あるいは、右の視床出血で急性期に半側空間無視、病態失認、身体パラフレニアが出現していたのに、その後、病態失認と身体パラフレニアが消失し、半側空間無視だけが残存した場合、頭頂葉連合野の機能解離の解除と説明されたりする。視床と頭頂葉連合野の連絡の遮断は一時的な抑制現象で回復したと解釈する。機能解離が長期化するのは対側小脳だという報告も多い。
 疼痛のメカニズムについては、PuntらがCRPS患者の「Neglect−like symptoms」による「学習された不使用」という考え方を提唱している。これは「四肢の損傷」➡「疼痛」➡「運動抑制」➡「恐怖による回避行動」➡「学習された不使用(learned nonuse)」➡「大脳皮質の身体表象の変容」という経過をたどる(図1)。

疼痛のメカニズム
図1 Punt T, et al.: Neglect-like symptoms in complex regional pain syndrome: Learned nonuse by another name? Pain.154:p200‒203,2013.


 これは脳卒中後の「一次的な感覚麻痺や運動麻痺では説明できない対側肢を使用しない現象(運動無視, motor neglect)」をヒントにして、そこから「疼痛によって手足を使用しない現象」をモデル化したものであり、視床や大脳皮質(頭頂葉)の活動抑制に触れているが、参考文献に機能解離に関するものは含まれていない。また、疼痛患者の「運動イメージ」や「比較モデル」における遠心性コピーといった予測メカニズムと疼痛の関係を重視している研究者たちも国内外にいるが、疼痛と機能解離を組み合わせた論文を読んだ記憶はない。つまり、機能解離は脳卒中の研究においては注目されているが、疼痛の研究においては無視されているようだ。
 Puntらの図に戻ると、「疼痛」➡「運動抑制」➡「恐怖による回避的な行動」➡「学習された不使用」の流れの解釈が重要だ。特に、「疼痛」➡「運動抑制」が重要だ。
 なぜ、四肢に疼痛があれば運動抑制が生じるのか。「痛いから動かさない」わけだが、そのために回避的な行動や学習された不使用が生じると考える前に、「疼痛が機能解離を引き起こし、運動抑制が生じる」と考えるべきではないだろうか(仮説)。その結果、単純な行動しかできない、あるいは手足を動かすことができなくなっていると考えられる。
 つまり、提案したい新しい仮説は「疼痛」➡「機能解離」➡「運動抑制」➡「恐怖による回避的な行動」➡「学習された不使用」の流れである。疼痛と運動抑制の間に機能解離を入れる。疼痛によって機能解離が起こる(図2)。

図2  新しい仮説(疼痛によって機能解離が起こる)?
図2 新しい仮説(疼痛によって機能解離が起こる)?

 そして、ここに機能解離が入ることで、リハビリテーション治療が具体的に展開しやすくなる。その意味を理解するためには機能解離が脳の「情報処理」を低減するための現象であることを知っておく必要がある。健常部位の一時的な抑制現象は情報処理が困難だから出現すると捉えるべきである。
 たとえば、Perfettiによれば機能解離は整形外科的疾患でも起こる。たとえば、足を痛めると、しばらく体重荷重せずにゆっくりと棒足歩行する。棒足歩行の方が脳の情報処理は簡単だからである。動的な歩行や走行は情報処理が複雑で、大脳皮質、基底核、小脳などの多領域の活性化が必要となる。この時、機能解離が生じており、足部の感覚や運動に関わる脳領域が抑制されている。

疼痛の認知神経リハビリテーション(Perfetti,2020)
図3 疼痛の認知神経リハビリ
テーション(Perfetti,2020)

 また、Perfettiは、『疼痛の認知神経リハビリテーション(協同医書出版,2020』で、「疼痛は情報の不一致」によって引き起こされる」と述べている(図3)。これはアノーキンの機能システムにおける運動の予測(遠心性コピー、知覚仮説、運動イメージ)と運動後の感覚フィードバックの不一致のことで、いわゆる「比較モデル」と同様だが、疼痛が機能解離を引き起こしていれば、患者は適切な運動の予測は想起できず、感覚フィードバックとの不一致が生じる。

 これらの点より、疼痛のリハビリテーション治療は「機能解離の解除」を目指すという新しい仮説に基づいて臨床展開できる。動作の強要、筋力強化、ROM時の疼痛誘発、などは脳への「強い刺激(情報処理の複雑性)」となって機能解離の解除を遅らせる。訓練が原因で機能解離が延長する可能性があるのだ。したがって、訓練は、簡単な運動課題(task)、認知神経リハビリテーションの第T段階(他動運動)の接触問題や空間問題といった脳への「弱い刺激(情報処理の単純性)」から始めるべきであろう。さらに、CRPSの場合は、まず最初に中枢部に訓練を適応したり、中枢部の関節の「知覚探索」や「運動イメージの想起」を求めると、末梢部の手足の訓練に入りやすくなるだろう。疼痛部位を治療することは、疼痛状態で情報処理を要求することになり、訓練拒否につながりやすい。つまり、パッシブ・タッチ(受動的知覚・他動運動)からアクティブ・タッチ(能動的知覚・自動運動)へと、脳の各領域の活動を徐々に拡大させてゆくのが原則だ。

 機能解離の重要性はPerfetti先生に教えられた。片麻痺(痙性麻痺)の治療でも、整形外科疾患の治療でも、とても重要な概念である。ある時、Perfetti先生はオリバー・サックスの『左足をとり戻すまで(自己の山登り中の外傷による大腿四頭筋断裂後の身体意識の変化やリハビリについて記述した本)』について、「この本を書いた作家としてのサックスは素晴らしいが、同時に神経科医としてのサックスは勉強不足だ。なぜなら、彼の左足に生じた現象は”機能解離”だ。そのことをサックスは知らない」と、誉めているのかダメ出ししているのかわからないようなコメントをしたことがある(個人的なエピソード)。
 もしかすると、世界の疼痛の研究者たちはサックスと同様、まだ気づいていないのではないか。もしかすると、僕が世界で一番に疼痛と機能解離の関係に気づいたのか(そんなはずはない!)。あるいは、既に研究者にとっては当然のことなのか。疼痛があれば脳活動が抑制されるのは当たり前のように思える。第一次体性感覚野の活動は弱まるという研究を読んだ記憶がある。ただ、直感的に、疼痛と機能解離を結びつけることで、セラピストが訓練を具体的に考案し、より訓練を意味づけることができるのは確かだ。

 ある友人のセラピストとは、横浜の唐沢彰太(PT)氏のことである。彼の臨床は個性的で色々と教えられることが多い。僕は理論的な空想を述べているに過ぎない。患者にとっては切実で耐えられない苦痛だ。この患者を少しでも回復させてほしい。心を少しでも安らかにしてあげてほしい。彼はそれができるセラピストだ。しかし、そのためには具体的な訓練を創造しなければならない。臨床は簡単ではない。

 今、コロナ禍が続いている。世界や日本の各地に「疼痛」が発生し、社会が「機能解離」している。強い刺激(Go to トラベル)よりも、弱い刺激(解雇されて仕事を失った人々への現金支給)が必要だと思う。身体の疼痛でも、社会の疼痛でも、機能解離が起こる。

←No.107へ No.109へ→

▲ ページ上部へ

pagetop