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メッセージNo.118 意識のデフォルト空間理論


 意識はどこでどのように発生するか?
 この難問に神経科学が答え始めている。意識は主観的な経験だが、近年、意識の謎を解くかもしれない理論が注目されている。
 その理論は「デフォルト空間理論(Default Space Theory, DST)」である。Jerathは「意識あるいは意識経験はデフォルト空間と呼ばれる仮想空間に存在する」と主張している。デフォルト空間理論は意識を説明する際に脳と身体を含む意識の統一理論として提案されている。これは「意識が脳のみから生じる」とみなす従来の意識モデルとは異なる。デフォルト空間は身体空間を巻き込んでいて、それらはすべて求心性ニューロンと遠心性ニューロンで接続されている1)
 デフォルト空間理論によれば、視床は人間が世界を生み出す脳全体の分散した神経ネットワークを構築する中央ハブとして機能している。脳だけでなく、視覚、聴覚、体性感覚、その他の感覚器官の間でも継続的に高速振動(oscillations)が発生する。これによって心の中に外部空間の仮想空間を形成する1)
 この外部世界の神経相関する仮想空間がデフォルト空間である。デフォルト空間は外部空間(環境)の物理的性質を模倣しているため、環境との最適な相互作用や内的シミュレーションが可能になる。また、デフォルト空間は3D(三次元)の情報に満ちている1)。自分自身の身体感覚や周囲の物理的な環境などを内的にシミュレーションできるすべての情報が含まれている。その意味では「情報に基づく幻覚」とさえ考えられる。たとえば、認知、夢、記憶の想起、運動イメージ、感情、想像、クオリアなどを含むすべての主観的な意識的経験は、このデフォルト空間の内部で発生する。
 一般的に、意識はいわゆる覚醒状態のことだが、哲学、心理学、神経科学では主観的な意識経験としての身体意識、自己意識、身体経験、身体記憶なども含める。デフォルト空間は脳と身体の神経ネットワークによる3D(三次元)の仮想空間である。そこで私の意識が創発されている点が重要である。


 リハビリテーションにおいてデフォルト空間理論が興味深いのは、それが神経疾患の病態解釈に大きな影響を与える可能性があるからに他ならない。たとえば、身体所有感は自分自身の身体の認識である。身体スキーマは空間内の身体とその手足の位置を表現する。それは四肢切断後の幻肢として認識する。また、右頭頂葉損傷では半側空間無視が出現する。デフォルト空間が変容すると、ラバー・ハンド実験のように身体所有感が変容したり、身体スキーマや幻肢が変容したり、左空間が意識化できなくなる。これらの病態はデフォルト空間の変容を示唆している可能性が高い。
 ここでは、デフォルト空間の変容としての半側空間無視の出現についての説明を引用しておこう1)

図1
図1 デフォルト空間と半側空間無視
Jerath R:TheDefault Space Theory of Consciousness: Phenomenological Support from Personal Observations and Clinical Deficits.
World Journal of Neuroscience,Vol.9 No.1,2019.より引用

 図1はデフォルト空間と半側空間無視についてのものである。左図は左右の頭頂葉の接続による視野と身体空間を介した外部空間とデフォルト空間を示している。また、右図は右頭頂葉損傷時の外部空間と半側空間無視によって生じる左側のデフォルト空間の消失を示している。
 多くの場合、半側空間無視は右頭頂葉の損傷によって生じる症状である。この状態では空間の無視された側とその中のすべての感覚が意識から消えるだけでなく、患者は「失われた空間」に気づかず、右側を完全な外界として経験する。彼らは皿の右側から食事をしたり、身体の右側に服を着たりするかもしれない。なぜこれが起こるのかについては2つの主要な理論が存在し、どちらも意識の基礎として無意識の仮想座標マトリックスの存在を支持している。1番目の理論では、左図に示されているように、頭頂葉の脳領域が空間的に知覚をマッピングする。右半球は知覚野の両側をマッピングするが、左半球は右側のみであるため、右半球の病変は左知覚野のマッピングの欠如につながる。3D(三次元)座標の知覚の空間マッピングの必要性は右の絵で示されている。この患者の空間の左側全体の知覚の喪失によって明らかになる。最近の発見は、アルファ周波数の安静時脳振動ネットワークの乱れに焦点を当てた2番目の理論である。この理論は、多数の右半球の皮質および皮質下領域への損傷によって無視が発生する可能性があるという事実によって裏付けられる。そして、無視された刺激の無意識の処理が依然として発生していることである。この理論では、病変は空間的注意を担うこれらのネットワークに損傷を与える。これは、アルファ・コヒーレンスが無意識の仮想空間を意識に導き、意識に入るにはクオリアの空間要素が存在する必要があるという私たちの見解を裏付けている。私たちは、意識は外界の機能的再現またはシミュレーションから生じる創発現象であり、現象学的時空の存在論は物理宇宙の次元的性質の直接の複製であるという見解を共有している。これにより、環境と最適に相互作用するという生存上の利点が得られる。現象的な内容は外部世界の表現であるかもしれないが、それ自体として経験されることはなく、代わりに、それらが物理世界の実際の物体または場面であるという印象を与える。これは、外界の認識以外の経験が空間的に構造化されていることを明らかにする夢の性質によって裏付けられている。そして、ほとんどの場合、現実として経験される1)
 つまり、右頭頂葉が身体の両側から感覚情報を取得し、左頭頂葉が身体の右側から感覚情報を取得する。そして、頭頂葉は感覚情報を空間的にマッピングするのだが、半側空間無視では右頭頂葉が損傷し、そこに供給される左側の感覚情報が失われる。この失われた情報は視野と身体空間が消失して空間的な方向性を持たないため、3D(三次元)のデフォルト空間内の意識の一部になることはない。その結果、左側の知覚が完全に失われる2)


 「意識あるいは意識経験はデフォルト空間と呼ばれる仮想空間に存在する」というのがデフォルト空間理論である。重要なのはデフォルト空間が視覚情報だけでなく、身体情報にも根ざした身体空間を含んでいる点である。これは脳と身体の神経ネットワークが外部世界を内的な仮想世界として再構築しているということであろう。この複製は外部世界からの視覚情報だけでなく、身体の体性感覚情報を含んでいる。さらに仮想空間は外部受容器および内部受容器による多感覚情報だけでなく、注意、記憶、その他の実行機能に大きく影響される。
 このデフォルト空間(仮想空間)は、脳表象(brain representation)、心的再現、イメージ、想像、空想、幻覚などと呼ばれてきた主観世界と何が違うのだろうか。それは仮想空間が外部空間(自己中心の3次元空間座標システム)として投影されることである。人間はこの外部化された空間の中心(原点)から外部世界を認識する。つまり、デフォルト空間はいわば「潜在空間」であり、この潜在空間の中に意識や意識経験はある。他方、意識や意識経験は「顕在空間」である外部空間にはない。そして、このことが「一人称の私(自己)」の意識の統一をつくり出している。
 要するに、外部世界は脳と身体の神経ネットワークによってつくられた「脳のなかの仮想空間」だということだ。つまり、仮想空間の投射が外部世界である。
 また、半側空間無視の場合、視覚空間と体性感覚空間が解離し、デフォルト空間(仮想空間)がつくれなくなっているように思われる。空間認知のための視覚空間、体性感覚空間、聴覚空間の「結びつけ(感覚モダリティ間の情報の一致)」が困難になっている。そのため認知神経リハビリテーションでは、閉眼して上下肢の体性感覚の世界に意識(受動的注意と能動的注意)を向けることを促す(図2)。

図2
図2 閉眼して上肢の体性感覚に意識を向ける


 デフォルト空間理論は認知神経リハビリテーションの認知過程の再組織化による学習理論と似ているように思う。閉眼による体性感覚の世界への注意の喚起、認知過程の活性化、予測メカニズムの活性化、運動イメージの想起、異種感覚情報変換、行為間比較(行為の記憶)などはすべて、心的空間(=仮想空間)での意識の操作であり、その一人称の内部世界が外部世界に反映(投射,プロジェンション)されるからである。
 人間は身体と環境との相互作用によって情報を構築する。どのような情報によって「脳のなかの仮想空間」がつくられるかは、その仮想空間で私の意識がどのように情報を構築するかによって違ってくる。あるいは、私の意識がどのような意味を与えるかによって外部世界は変わってくる。動物によって仮想空間はまったく異なるであろう。
 さらに、デフォルト空間理論は、さまざまな神経疾患の病態解釈やリハビリテーションに大きな影響を与える可能性がある。疼痛、めまい、うつ病などの病態解釈も試みられている。統合失調症、失行症、発達障害、失語症の病態解釈にも新たな考え方が提案されるかもしれない。
 そして、おそらく、認知神経リハビリテーションの訓練にも新たな説明をもたらすだろう。たとえば、足に疼痛を訴える患者に対する訓練では、その疼痛を「足のデフォルト空間」の変容として病態解釈できるかもしれない。その場合、患者が見ている外部世界には物体の大きさや形の情報は存在するが、物体の触覚情報は存在していないと仮定できる。我々は常識的に物体には触覚特性があると思い込んでいるが、疼痛患者の脳と身体の仮想空間には物体の触覚特性が存在していないこともあり得る。
 つまり、デフォルト空間の変容は、意識の「結びつけ問題(バインディング問題,意識による物体の複数の属性の一致)」でもある、世界(物体)を構成する複数の知覚特性(属性、特徴)を正しく統合できないという病態を明らかにする可能性がある。いわゆる感覚モダリティ間の情報の不一致である。その時、セラピストの訓練はデフォルト空間の中に物体の触覚特性を入れる神経ネットワークを活性化させることになる(図3)。

図3
図3 疼痛患者における「足のデフォルト空間」の変容?


 なお、「デフォルト(defalt)」とは、初期値、既知、事前設定、潜在などという意味だろうが(債務不履行ではない)、適切な訳語はない。仮想空間や潜在空間のニュアンスに近いように思われる。また、外部世界の知覚や表象とどう違うのかも難解である。これは外部世界からの情報が脳に入力されるという前提に立つからである。あるいは、外部世界と内部世界の「神経相関」を信じているからである。たしかに、脳には外部世界から感覚刺激が入力されるが、外部世界は推論による予測的な脳表象である。言いかえると、常に脳と身体は感覚刺激を知覚情報に変換して外部世界をつくり出している(能動的推論による予測メカニズム)。特に、人間の進化プロセスにおいて、その生存のためには、物理的な環境下での行為のためには、視覚情報による自己中心座標に基づく、遠近法的な3D(三次元)の外部世界(見える世界)をつくることが有利に働いたと考えられる。つまり、外部世界は仮想空間の産物である。脳に世界の既知が事前に担保されていなければ、遭遇する世界はいつも未知の世界ばかりになってしまう。ただし、その外部世界は常に3D(三次元)の外部世界とは限らない。それはアフォーダンスの世界かもしれないし、記号の世界かもしれないし、経済の世界かもしれない。感情や意味の世界かもしれない。それでも第一義的に物理的な外部世界を構築するための仮想世界の組織化が優先される。それは「野生の知覚(メルロ=ポンティ)」であり、樹上生活やサバンナで生き抜く確率が高いためである。
 また、人間は3D(三次元)の外部世界をつくる仮想空間のなかで意識を発達させてきた。したがって、世界は複数存在するが、生きるためにはまず仮想空間の予測と3D(三次元)の外部世界の一致が最優先されたと考えられる。これはルネサンス期の遠近法が絵画の基盤となっていることに似ている。その後、動的な仮想空間のなかの一人称の意識を使って他者とのコミュニケーションを育み、社会を形成し、過去や未来、イメージ、想像、言語、思考、概念、意味といった「見えない世界」を共有化したのであろう。


 強調したいのは、デフォルト空間は一人称の私が生きる空間だという点だ。その仮想空間は私(自己)の脳と身体の神経ネットワークによって常に創発されつづけている。いずれにせよ、意識は外部世界には存在せず、脳と身体の神経ネットワークに根ざした仮想空間に存在し、ダイナミックに動いているということだ。その意味で意識は「身体化された心」の基盤である。
 そして、なぜか人間は「夢」を見る。夢はデフォルト空間(仮想空間)の産物である。なぜなら、夢に外部世界がでてくる。一方、机の上のリンゴを手で取る時の行為の予測もデフォルト空間(仮想空間)の産物である。なぜなら、行為の予測にも外部世界がでてくる。だから、どちらも同じデフォルト空間での意識の営みである。その差異はキネステーゼ(運動感覚,私は○○することができる)の差異である。また、私のデフォルト空間には無数の行為の記憶が残っている。なぜなら、過去の行為の想起には外部世界がでてくる。さらに、未来を想像しても外部世界がでてくる。人間は「外部世界内存在」なのであろうが、実はデフォルト空間(仮想空間)が外部世界をつくっているのだ。だから一つの世界は人によってさまざまな世界に見えるのだ。
 もっと、セラピストは「空間とは何か」を考える必要がある。今後、空間認知の神経メカニズムの理解にとって、患者の病態解釈にとって、病的状態からの学習にとって、認知神経リハビリテーションの訓練にとって、デフォルト空間理論が有益かどうか、皆で論議したい。

文献

  1. 1) Jerath R:The Default Space Theory of Consciousness: Phenomenological Support from Personal Observations and Clinical Deficits.
    World Journal of Neuroscience,Vol.9 No.1,2019
  2. 2) Jerath R: Neural correlates of visuospatial consciousness in 3D default space: Insights from contralateral neglect syndrome.
    Consciousness and Cognition, Vol28,p81- 93, 2014.
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