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メッセージNo.122 脳卒中後の身体知覚の評価

 Konikらによれば、脳の「身体表現(body representation)」は「身体知覚(Body perception,BP)を符号化している。これは、身体がどのように感知されるか(たとえば、身体の大きさ、長さ、形状、重さなどに関する知覚)と身体がどのように経験されるか(たとえば、身体所有感、運動主体感、身体部分に対する感情など)によって変化する。
 つまり、身体表象は固定されているわけではなく、身体と脳の間の双方向の多感覚情報の流れ(表在感覚、深部感覚、プロプリオセプション、視覚などの多感覚情報)の関数として、常に更新されている1)。
 脳卒中後の片麻痺における運動麻痺と体性感覚麻痺は、この双方向の多感覚情報の流れを変える。その結果、患者の身体知覚を変容させる。あるいは、大脳皮質レベルの高次脳機能障害も身体知覚を変容させる。すなわち身体知覚の歪みを発生させる。
 しかしながら、身体知覚の変容や歪みを患者がセラピストに訴えることは少ない。そのためセラピストは気づかない。セラピストが気づかなければ、その病態は存在しないことになってしまう。片麻痺患者の問題は運動麻痺と体性感覚麻痺のみであり、高次脳機能には問題がないと勝手に解釈してしまう。それによって患者の身体知覚の変容は治療の対象ではなくなってしまう。
 身体知覚の変容や歪みは行為の運動学習を妨げる。また、その主観的な現象が患者に苦悩を与える。
 臨床神経学における身体知覚の変容の症状は、1918年のバビンスキーによる「片麻痺の病態失認」の発見に遡ることができるが、その多様性については1953年代のクリッチリーの「右頭頂葉症候群(半側空間無視、半側身体失認、病態無関心、病態失認、片麻痺の否認、作話、死んだ感じ、妄想体験としての身体パラフレニー、第三肢、麻痺肢増悪、擬人化、麻痺肢を攻撃するミソプレジアなど)」によって明らかにされた。
 そして、近年のいくつかの研究報告によって、身体知覚の変容の出現率は脳卒中患者の40%から80%と推定されている。しかしながら、この数値は単なる出現率であり、一人の片麻痺患者がいくつの身体知覚の変容や歪みをもっているかは不明である。一人の片麻痺患者が複数の病態を有していることを詳細に調査されていない。セラピストは担当する片麻痺患者に、どのような身体知覚の変容や歪みが出現しているか、その多様性や重複性についても評価しておく必要がある。
 そのために紹介したいのが、2024年にKonikが発表した「脳卒中後の身体知覚の評価」のための「麻痺肢の知覚についての質問表(Affected Limb Perception Quesionnaire,ALPQ)である(表)。これは身体知覚の変容を評価するのに十分な感度をもち、臨床で簡単に使用するツールとして有用である。特に、身体知覚の変容の種類、範囲、多様性、重複性を短時間で把握することができる。

麻痺肢の知覚についての質問表(Affected Limb Perception Quesionnaire,ALPQ)

 この「麻痺肢の知覚についての質問表(ALPQ)」は、質問後に各症状の有無をチェックする(それぞれの項目に+−を付ける)のだが、それは「タブレット」を使って行う(図)。

タブレット写真
Affected Limb Perception Questionnaire (ALPQ): by Konik,2024.

 ただし、身体知覚についての質問は「タブレット」に文字で表記されている。たとえば、画面の上には「上肢は実際には動いていないのに、動いているように感じます」と記されている。一方、画面の下には「上肢は実際に動いているときだけ、動いているように感じます」と記されている。そして、中央に「縦線」が引かれており、その縦線のどこかの位置に患者がペンで触れるようになっている。画面の上の質問のように感じるならより上方の縦線の位置に、画面の下の質問のように感じるならより下方の縦線の位置にペンで触れる。
 つまり、この縦線が14段階に区分された「VAS(Visual Analog Scale)」になっている。VASは痛みの主観的な強度を測定する時によく使われる。つまり、解答後に、各症状の有無(多様性や重複性)が判明するとともに、その重症度をチェックすることができる。

 もちろん、臨床では事前に運動麻痺と体性感覚麻痺の評価が必要である。また、患者自身に身体知覚の変容を、「一人称言語で語ってもらう」ことが重要である。主観的なイメージの言語化は比喩(メタファ−)によることが多い。たとえば、「霧の中で迷っているような手」とか、「コンニャクのような足」と言語記述する。そうした「経験の言語」と各症状の出現状況やVASのレベルと比較することで、より詳細に病態を把握することができるだろう。

 脳卒中後の身体知覚の変容への治療は、「身体知覚の変容が発見される」ことが前提条件である。特に、高次脳機能障害は「見えない病態」であることが多い。たとえば、失行症の出現率はイタリアと日本を比較するとイタリアの方が高い傾向にある。これは日本では失行症が発見されないからである。右片麻痺の場合、「運動麻痺がないにもかかわらず、行為ができない」という古典的な失行症の定義のためか、「模倣障害」の評価を日本のセラピストは行わない傾向にある。そのため失行症(特に観念運動失行)の出現率が低下する。イタリアでは左手での模倣を要求して評価する。それによって失行症の有無が簡単に確認できる。
 臨床には「セラピストが評価すれば発見できるにもかかわらず、評価しないために発見されないままになっている病態」が存在している可能性がある。その意味でも「麻痺肢の知覚についての質問表(Affected Limb Perception Quesionnaire,ALPQ)」は有用だと思われる。ただし、この評価は左片麻痺患者の評価として使用することになるだろう。右片麻痺患者の場合は失行症の「模倣検査」や失語症の各種評価がより重要になる。
 左片麻痺の身体知覚の変容については、『片麻痺:バビンスキーからペルフェッティへ(協同医書出版社,2014)』の第2章「高次脳機能障害の世界」で解説しているので参考にしてほしい。

 強調しておきたいのは、左片麻痺の身体知覚の変容は「主観的な現象レベル」の自己認識の異常であることが多い点である。その特異的で奇異な症状にはフロイトによる心的な「防衛機制(抑圧、投影、否認、退行、合理化、反動形成、昇華・・・など)」が関与している可能性がある。防衛機制は無意識に自我(イド)を守ろうとする心的メカニズムである。その深層心理の謎はまだ解明されていない。
 ある症例報告には、「患者が自分の麻痺した腕を、いつも自分の横にいてくれる非常にやさしい、奥さんの腕と考え、愛撫したり、それに話しかけたりする」と記されている。これは妄想を伴う身体パラフレニーだが、その患者の身体知覚の変容を他者が理解するのは困難である。半側空間無視を「どこの空間」の異常だとすれば、病態失認や身体パラフレニーには「どこの空間」の異常だけでなく「何の空間」の異常が重複しているようにも思われる。
 その謎の根底には「身体所有感」や「運動主体感」の喪失が関与している。また、それは「自己認識意識(オートノエティック コンシャウスネス)の異常でもある。自己認識意識は「個人が経験した過去のエピソード記憶や未来のエピソードの想起によって自己を認識する内省的な意識(内なる思考)」だと考えられている。自己は「身体的自己」であると同時に「物語自己(自伝的自己)」でもある。だから、精神的に自分自身を過去や未来の状況に置くことができる。人間は、そうした「心的時間旅行(メンタル・タイムトラベル)」を利用して自己認識する。だとすれば、病態失認や身体パラフレニーの症例は、現実の世界ではなく、心的時間旅行の世界を生きていると言えるかも知れない。おそらく、自己が生きている「位相空間」が違うのである。

 「麻痺肢の知覚についての質問表(ALPQ)」は臨床的に有用だと思われる。
 だが、左片麻痺の身体知覚の変容の謎は何も解明されていない。

文献

  1. 1)Konik S,et al:Evaluation of upper limb perception after stroke with the new Affected Limb Perception Questionnaire (ALPQ): a study protocol. BMC Neurology, vol.24,2024.
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