認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.129 神経再利用(ニューラル・リユース)

■「過去に新しいものを付け加える」というアイデア

 大脳皮質の運動野と感覚野については、ペンフィールド(Penfield)とラスムッセン(Rasmussen)の「ホムンクルス(脳の中の小人,単一の身体部位再現,1950)」が有名である。しかしながら、当時、運動野と感覚野の組織化についてウールジー(Woolsey,1958)は異なる見解を提言していた。彼は、大脳皮質の運動野や感覚野を「発電所」に喩えて次のように述べている。


 なぜ、大脳皮質の運動野や感覚野が進化の過程で維持されてきたのだろう。ある発電所を見学した時に、古いメカニズムを捨て去らずに保持してきた理由の1つが私の頭に浮かんだ。
 その発電所はもう何十年も操業しており、発電機の制御システムがいくつもあった。まず、空気圧による制御装置がずらりと並んでいた。その装置では、たくさんのバルブがついた細い管が迷路のように複雑に入り組んでいた。真空管を使った制御装置もあった。コンピュータ制御の装置も何種類かあった。これらの制御装置のすべてが発電所での工程制御に用いられていた。
 なぜ古い制御装置がいぜんとして使われているのか、尋ねてみた。最新のコンピュータ制御装置に完全に鞍替えするとなると、発電をある期間止めなければならないが、電力の供給を止めるわけにはいかないからだという。そこで、少しずつ新しい制御装置を付け加えることになり、空気圧、真空管、コンピュータによる装置が統合されて1つの機能的装置になっている。
 私はこの発電所の制御装置と同じ方法で脳が進化していることに思い当たった。脳は発電所と同様、働きを止めたり、根本的に構造を変えることは、世代と世代の間でさえ決して認められないのである。古い制御装置はすべてその場にとどまらねばならず、新たな能力を備えた新しい装置は、全体として機能を高めるように、古い装置と統合される。
 生物の進化において、遺伝子の突然変異は発電所の新しい制御装置のような新しい皮質領域を生み出す。その一方で古い領域はその動物の生存に不可欠な根本的機能を果たし続ける。これは発電所で古い制御装置が基本的機能の一部を維持し続けているのと同じだ。


 この「過去に新しいものを付け加える」というアイデアは、大脳皮質のニューロンの可塑性(plasticity)の真理の一端を突いているように思える。
 つまり、大脳皮質の脳地図には古い経験に新しい経験が重ね描かれているのである。だからといって、古い過去の経験が消えたわけではない。大脳皮質には、新しい現在の経験のみが存在しているわけではないのである。それは進化論的解釈であると同時に、人間の経験、つまり人生に似ている。
 長い間、大脳皮質の組織化は遺伝的にあらかじめ決定されており、生後の経験や学習による変化はきわめて少ないと考えられてきた。その典型がペンフィールドとラスムッセンによる運動野や感覚野のホムンクルスであった。しかし、ウールジーは運動野と感覚野の組織化の視点から疑問を投げかけている。それは筋再現説か運動再現説かの論議とは異なる「古い機能と新たな機能の共存」という視点である。
 その後、Kass(1991)に代表される数多くの研究者たちによって、運動野と感覚野におけるニューロン・レベルの可塑的変化が実証された。そこにはホムンクルスの概念を越えた「ダイナミックに変化する脳地図」がある。

■「神経再利用(neural reuse)」というアイデア

 近年、大脳皮質における脳地図の機能局在について、アンダーソン(Anderson,2014)が「神経再利用(ニューラル・リユース, neural reuse)」という考え方を提案している。「神経リサイクル理論(theories of Neuronal Recycling)」とも呼ばれるが、その論文のタイトルは「骨相学の後に(After Phrenology)」である。
 ここではまず、ガル(Franz Gall,1758-1823)の骨相学を思い出しておこう。 現代の科学者たちはガルの骨相学が「脳の機能局在説の源流(ルーツ)」であることを認めている。脳の機能局在説は「大脳皮質の各領域に複数の心的機能が分散して局在(localization)している」とする説である。しかし、ガルの骨相学は人間の性格や才能が「頭蓋骨の形態」に表れるとする「占術」のようなものであった。彼は「あなたがどのような人間であるかは頭蓋骨の形態を見ればわかる」と主張した。 これは現代人からすると荒唐無稽なエセ科学である。しかし、当時の人々は最先端の学説だと解釈した。
 ガルは1796年に「大脳のそれぞれの部位の発達の程度がそこの心的機能の働きの程度を示しており、大脳を包む頭蓋骨の形状によってその下の脳の部位の発達状況を知ることができ、したがって心的特性を推定できる」と述べている。そして、大脳を「27の領域」に区分した。 それぞれに色、音、言語、名誉、友情、芸術、哲学、盗み、殺人、謙虚、高慢、社交などの心的特性を割り当てた。これは大脳皮質に精神が分散して存在しているという新しい学説の誕生を意味していた(図1)。


図1:ガルは大脳皮質を「27の領域」に区分した
(骨相学を特集した1908年の医学雑誌より)

 一方、アンダーソン(Anderson,2014)の「神経再利用」は、人間の脳機能の進化的な組織化原理における「神経可塑性メカニズム」を説明する最新の理論である。それは「ある確立された脳機能の神経ネットワークを、その元の機能を失うことなく再利用し、より複雑な神経ネットワークを形成することで、新たな機能を創発すること」を指す。そして、次の3つの進化的な組織化原理が想定されている。

1)典型的な脳領域は多くの認知機能に利用される
2)進化的に古い脳領域はより多くの認知機能に利用される
3)より新しい認知機能はより多くの広範囲に分散した脳領域を利用する

 たとえば、典型的な脳領域として第一次領域の運動野(area4)、体性感覚野(area3・1・2)、視覚野(area17・18・19)、聴覚野(area22)を想定してみよう。これらの領域のみで運動認知(目的ある行為すること)、視覚認知(世界を見ること)、聴覚認知(言葉や音楽を聞くこと)が行われているのではない。これらの認知機能にはもっと高次な第二次領域(どこの空間、何の空間、両側性の認知)、第三次領域(大脳皮質連合野)の神経ネットワークの協働が必要である。しかし、どのような高次な認知機能であっても、第一次領域の活動は不可欠である。つまり、典型的な脳領域を第一次領域だと仮定すれば、「典型的な脳領域は多くの認知機能に利用される」と言える。
 また、大脳皮質の第一次領域は進化的に古い脳領域である。第二次領域や第三次領域(連合野)に比べて古い脳領域である。したがって、脳の情報処理過程の複雑さや階層性において、「進化的に古い脳領域はより多くの認知機能に利用される」と言える。
 これに対して、知覚、注意、記憶、判断、言語、イメージといった高次な認知機能は進化的に新しい脳機能である。それは人間が複雑な社会で生きるためのもので、文化的(制度的)な「意味」を含む新しい認知機能である。それを使って運動認知(目的や意味のある行為すること)、視覚認知(世界の物体と出来事を見ること)、聴覚認知(言葉や音楽を聞くこと)が行なわれる。その時、「より新しい認知機能はより多くの広範囲に分散した脳領域を利用する」のである。
 たとえば、人間の手の道具使用は神経再利用によって生じる。人間の場合、確立された身体機能の感覚運動ニューロンの神経ネットワークから、知覚の予測、運動イメージ、行為のエピソード記憶の想起、行為のシミュレーション、物体のメンタルローテーションといった新たな認知機能の神経ネットワークを形成する。特に、進化的により新しい言語機能は広範囲に分散した脳領域を利用する。
 したがって、大脳皮質のある特定の領域(area)のニューロン群は複数の機能に関連して活動している点で古典的な機能局在論は否定される。ブローカ野は発語機能だけを担っているわけでなく、ミラーニューロン機能など複数の認知機能に関連して働いている。また、角回は異種感覚情報変換(視覚−言語−運動の情報変換)の「ハブ(Hub)」で多機能である。脳全体の神経ネットワークには複数のハブ機能を司る領域が存在する。
 つまり、進化的により新しい機能ほど広範囲に分散した脳領域を利用するのだが、古い機能は常に再利用されている。これはガルの骨相学の機能局在的な考え方とは異なる。ヴ―ズリーの「古い機能と新たな機能の共存」の考え方に近い。したがって、21世紀を生きるセラピストは18世紀後半の「ガルの骨相学」とは決別しなければならない。残念ながら未だ大脳皮質の機能局在論を信じている者は多い。

■神経可塑性メカニズムの再考

 神経再利用の考え方によれば、ある目的のために確立された神経回路が進化や発達の過程で活用される。多くの場合、その確立された機能を失うことなく別の用途に使用されることがよくある。したがって、神経再利用は脳における神経可塑性についての通常の理解とは異なる。ある目的のために確立された神経回路は、初期の機能が確立された後も新しい用途を獲得し続けることができる。
 特に、複雑な認知機能の神経ネットワークに対応した新たな用途の学習において、局在的な変更を伴う必要はない。この点が局所的なニューロンの再組織化(たとえば、運動野や感覚野のニューロン・レベルの再組織化)を前提とする従来の神経可塑性メカニズムとは異なる。
 ただし、新たな神経パートナーへの機能的な接続は必要である。つまり、知覚、注意、記憶、判断、言語、イメージなどの認知機能と運動野や感覚野の関係性の構築という意味での神経可塑性メカニズムが重要になる。
 そして、神経再利用によって、脳の進化、発達と学習、手の道具の使用と言語コミュニケーション、高次脳機能と行為の関係性などをサポートする、進化的な脳システムの神経ネットワークが形成されてゆく。

■ある機能は複数の脳領域が関係づけられることで出現する

 神経再利用の概略図を見てみよう(図2)。図の文字は特定の脳領域を表し、色は異なる機能(f1〜f5)を表している。つまり、ある機能は特定の脳領域の作用ではなく、ある機能は複数の脳領域が関係づけられることで出現する(それぞれの機能は異なる色の線で結ばれている)。
 たとえば、(a)は完全に分離された処理のモデルであり、各機能は異なる領域を使用し、機能間で脳領域は共有されない。これは神経再利用のモデルではない。A・B・C・D・E・F・Gはそれぞれ異なる脳領域である。そして、仮にC−F−A−Gを歩行機能、E−B−Hを嚥下機能だとしてみよう。歩行機能と嚥下機能間で脳領域は共有されない。
 一方、(b)と(c)は神経再利用モデルである。(b)は部分的な脳領域の共有であり、脳領域AとEは2つの機能間で共有される。(c)は全体的な脳領域の共有であり、脳領域Aは5つの機能すべてに参加し、bという脳領域は3つの異なる機能に参加する。
 ここでは、仮に(b)の脳領域AとEを運動野(A)と感覚野(E)としてみよう。運動野と感覚野は2つの機能間で共有される。たとえば、その2つの機能を手で物体を把持する機能と歩行機能としてみよう。運動野と感覚野は手で物体を把持する機能と歩行機能の間で共有されて神経再利用されることになる。ただし、手で物体を把持する機能と歩行機能では他の関係づけられるAとE以外の脳領域(視覚野、頭頂葉連合野、運動プログラム野、記憶野、言語野など)は異なる。
 (c)の場合は、全体的な脳領域の共有であり、脳領域Aは5つの機能すべてに参加し、bという脳領域は3つの異なる機能に参加する。仮に脳領域Aを運動野(A)とすると、運動野は5つの機能のすべてに神経再利用されることになる。運動野は手で物体を把持する機能、歩行機能、道具使用機能、言語機能、情動機能などに神経再利用される。つまり、すべての行為に神経再利用される。
 そして、運動野は単に筋収縮を発現する単純な機能だけでなく、さまざまな複雑な認知機能(知覚、注意、記憶、判断、言語、イメージなどの機能)に組み込まれていて、その認知過程の活性化が運動野のニューロンを組織化している。したがって、逆説的に言えば、運動野は複雑な認知機能を組み込んだ課題によって活性化する可能性がある。その意味でも神経再利用は「脳のリハビリテーション」の理論構築に貢献すると思われる。
 なお、「神経再利用」は、認知神経リハビリテーションの「病的状態からの学習」を説明するアノーキン(Anokhin,1935,1965)の「機能システムの再組織化」の概念やルリアの「機能局在の分散システム(機能的再編成)」の考え方に似ている。 アノーキンによれば、「生体の機能は複数の構成要素(構成コンポーネント)間の関係性(大脳皮質の分散システム)によって創発される」という。また、ルリアの機能局在に対する解釈は、ブローカの局在論でもラシュレイの全体論でもなく、大脳皮質機能のシステム論であった。大脳皮質の局在した領域に機能が宿るのではなく、大脳皮質の分散システムの神経ネットワークの関係によって、ある機能は創発される。 これがルリアの局在論でも全体論でもない、中間的な機能システム論であった。その意味で、アノーキンとルリアの「機能システム」はアンダーソンの「神経再利用」と共通する機能局在の捉え方を含んでいると思われる。


図2:神経再利用の概略図

 文字は特定の脳領域を表し、色は異なる機能(f1〜f5)を表す。(a)完全に分離された処理のモデルであり、各機能は異なる領域を使用し、機能間で領域は共有されない。(b)部分的な脳領域の共有であり、AとEは2つの機能間で共有される。(c)全体的な脳領域の共有であり、Aは5つの機能すべてに参加し、bは3つの異なる機能に参加する。

■神経再利用を認知問題と行為間比較に結びつける

 次に、認知神経リハビリテーションにおける「認知問題(訓練)」を「神経再利用」の「典型的な脳領域は多くの認知機能に利用される」に対応する運動野と感覚野の神経ネットワークと仮定してみよう。そして、「行為間比較(行為の記憶と訓練の比較)」を「より新しい認知機能はより多くの広範囲に分散した脳領域を利用する」に対応する複雑な認知機能の神経ネットワークだと仮定してみよう。
 「行為間比較」では現実世界と非現実世界をつなげるために、大脳皮質の分散した多領域の複雑な認知機能の神経ネットワークを巻き込んでいる。ただし、最終的には運動野と感覚野の神経ネットワークの関係づけを求める。
 だとすれば、認知神経リハビリテーションは「神経再利用による病的状態からの学習」を目指していると言えるのではないだろうか。認知神経理論(認知過程の活性化によって回復を図る)に「神経再利用」の説明が加わることで、より厳密な行為の運動学習理論にバージョン・アップするはずである。それは無意味な理論の戯れではなく、臨床での訓練に反映されなければならない。
 人間の「学習する脳」は身体経験に根ざした複雑な認知機能を創発し(身体化された心)、「私(一人称)の世界」を生きる。この時、患者の「学習する脳」は、知覚、記憶、言語、イメージ、道具使用といった複雑な認知機能を活性化するが、同時に運動野や感覚野を常に神経再利用している。患者の「学習する脳」では神経再利用による運動野や感覚野の「機能的再編成(Luria)」が起こるはずだ。あるいは、大脳皮質の認知過程にも機能的再編成が起こるはずだ。

■自己再組織化のための運動野と感覚野の神経再利用

 さらに、脳の「自己再組織化(神経可塑性)」についての考察を加えておきたい。おそらく、大脳皮質には反射、反応、単純な認知機能に対応する神経メカニズムが組織化されている(古いメカニズム)。その上に情動や記憶やイメージや想像といった複雑な認知機能に対応する神経メカニズムが組織化されている(新たなメカニズム)。そして、どちらであっても常に運動野と感覚野は神経再利用されている。
 脳卒中片麻痺の場合、錐体路が内包で損傷を受けるため、反射、反応、単純な認知機能などに対応する神経メカニズムの循環回路が機能しなくなっている。これは運動野と感覚野の機能不全をもたらすだろう。それによって痙性麻痺の伸張反射の異常、異常な放散反応、原始的運動スキーマ、運動単位の動員異常が生じる。しかしながら、その「病的状態からの学習」を果たすためには、認知問題による運動野と感覚野の活性化だけでは不十分である可能性が高い。それにプラスして、行為間比較によって記憶やイメージや比較といった複雑な認知機能を活性化して、運動野と感覚野の機能の回復に取り組むことが有効であると仮説づけることができる。
 中枢神経系の階層性は脊髄、脳幹、中脳、大脳皮質の垂直的な階層性だけでなく、大脳皮質の第一次領域、第二次領域、第三次領域(連合野)といった水平的な階層性を考慮する必要がある。さらに、第一次領域、第二次領域、第三次領域(連合野)は離れた領域と双方向の神経ネットワークを形成している。そして、行為の回復は、常により高次な神経ネットワークを介した認知的コントロールによってもたらされる。それが「学習する脳」の法則である。神経再利用される第一次領域の運動野と感覚野の再組織化(機能的再編成)も、その「学習する脳」の法則に従うはずである。
 その点で運動野と感覚野の神経再利用を促進するためのリハビリテーションにおいては、「運動と感覚に意味を与えなければならないタイプの認知的コントロール」を要求すべきである。この場合の意味を与えるとは「情報(差異)の意味」、すなわち「何かと何かの関係づけの認知を求める」ということである。情報には意味がある。その認知的な差異に即応して運動野と感覚野が活性化することが理解されるなら、人間機械論的な情報の出入力という考え方(行為の回復に感覚刺激と筋の運動反応を重視する行動主義的なリハビリテーション)は自然淘汰されてゆくだろう。
 つまり、「行為の回復(病的状態からの学習における運動野と感覚野の神経再利用)」には、大脳皮質の古い局所的(単一的、反射的・反応的)な神経ネットワークの活性化よりも、新しい全体的(分散的、意図的、意味的)な神経ネットワークの活性化による、大規模な脳の「自己再組織化(神経可塑性)」が必要だと考えられる。
 ベルフェッティは、そうした自己再組織化(自己変革)に挑戦する人間を「認知神経人間」と呼んでいる。私も、あなたも、患者も、新たな自己を求めて、複雑な認知機能の神経ネットワークに運動野と感覚野の神経再利用を組み込みながら、認知神経人間になってゆく。

■高次な認知機能による運動野と感覚野の神経再利用を目指す

 神経解剖学者のHeffner(1975)らは、動物の手指の巧緻性を7つのタイプに区分し、運動野を起始部とする皮質脊髄路(錐体路)との関係を研究している。その結果、進化的に古い軸索は脊髄の背側の灰白質へ投射することを明らかにした。背側部は末梢からの体性感覚情報(深部感覚)が入力してくる場所である。これは皮質脊髄路が体性感覚情報を制御していることを示唆している。また、ヒトやサルのような高等な霊長類では、脊髄の腹側の灰白質(前角細胞)への投射が豊富で、皮質脊髄路は手指の遠位筋の前角細胞に直接結合することから、摘み運動などの手指の巧緻運動を可能にしている。
 皮質脊髄路(錐体路)の一部で、運動野に起始して脊髄の前角細胞に直接接続する皮質脊髄路の神経線維はヒトやサルにしか存在せず、手指の分離運動を司っている。それはピアニストの手指の運動と神経相関していると考えればよい。それは系統発生的にも個体発生的にも、新しい運動制御であり、新しい経験によって学習されている。それに対応した運動野と感覚野のホムンクルスが組織化されているはずだが、片麻痺ではこの遠位部の手指の巧緻性が最も障害される傾向にある。
 これに対して、近年、脳の複雑な認知機能の神経ネットワークに対応するために、運動野と感覚野のホムンクルスが想像以上に複雑に組織化されて神経再利用に貢献していることが明らかになりつつある。運動野と感覚野は単なる運動の出口と感覚の入口ではない。行為の予測、運動イメージ、感覚投射(プロジェクション)、道具使用、嚥下、言語、感情、意味などに関わる高次な認知機能を有している可能性が高まっている。
 強調したいのは、手指の運動の巧緻性がこうした高次な認知機能と関係づけられて発達・学習している点である。この意味を理解するには、ピアニストの一本の手指の屈曲(タッチ)から発せられる「音」が、単なる音ではなく、「音楽」であることを理解しなければならない。ピアニストの一本の手指の屈曲(タッチ)は、単に運動野の活動によって生じる「音」と神経相関しているだけでなく、「音楽(そのメロディ、テンポ、リズム、音色の質感、感情、イメージ、記憶、クオリア)」と神経相関している。そうした高次な認知機能のバリエーションにおいても、常に運動野と感覚野は「神経再利用」されている。
 そして、ここに脳の可塑性を導く「脳のリハビリテーション」の可能性がある。つまり、運動野と感覚野は神経再利用の頻度が著しく高く組織化されているため、高次な認知機能と関係づけることで、再び神経再利用される可能性を秘めているということである。その意味で、リハビリテーションは運動野と感覚野に反射や反応を求めたり、単純な感覚刺激による活性化を求めるのではなく、高次な認知機能と関係づけた活性化を求めるべきであろう。片麻痺の場合、行為の記憶や運動イメージは残存している。そうした心的操作の活性化によって、行為の予測メカニズムを活性化することが重要である。
 たとえば、それは一本の手指の屈曲によって物体の硬さを感じ取るだけでなく、一本の手指の屈曲(タッチ)に、ある音、メロディ、テンポ、リズム、音色の質感、感情、イメージ、記憶などの想起を求めることである。それは大脳皮質の分散した高次な認知機能のシステムを巻き込んだ、一本の手指の屈曲(タッチ)の意識経験の多様性を意味する。それによって、運動野と感覚野に新たな神経再利用(回復)の可能性が芽生えるはずである。


*この文章は、2013年10月7〜8日に東京大学で開催された第23回認知神経リハビリテーション学会(学会長:安田真章、準備委員長:M田裕幸、テーマ:行為のメタラーニング −人間の運動学習ストラテジーを再考する)での講演『この世の喜びよ −ペルフェッティの認知神経理論の視点からの解釈』の一部である。「神経再利用」の考え方が「脳のリハビリテーション」に重要であることを強調した。

*ピアニストの一本の手指の屈曲(タッチ)は「音」ではなく「音楽」を表現している。その意味は、グレン・グールドの「バッハ(ゴールドベルク変奏曲)」やキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」を聴けば誰でも理解できるだろう。つまり、運動野や感覚野は「関節運動や筋収縮」ではなく「行為(クオリア)」を表現している。そこに「神経再利用」の神秘があるのだ。

文献

  1. 1)Woolsey C:Organization of somatic sensory and motor area of the cerebral cortex. Biological and Biochemical Bases of behavior,1958.
  2. 2)宮本省三・八坂一彦,平谷尚大,田渕充勇,園田義顕:人間の運動学:ヒューマン・キネシオロジー(第3章:身体の神経学),協同医書出版社,2016.
  3. 3)Anderson M:After Phrenology−Neural Reuse and the Interactive Brain,2014.
  4. 4)Ptak R:From Action to Cognition: Neural Reuse, Network Theory and the Emergence of Higher Cognitive Functions Brain Sci,11(12),2021.
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