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『愛 アムール』という映画を観た。
『愛 アムール』は『ピアニスト』や『白いリボン』といった作品で有名なミヒャエル・ハネケ監督の作品である。彼は現代の世界最高の映画監督と呼ばれているようだ。主演は『男と女』のジャン=ルイ・トランティニャンと『ヒロシマわが愛(二十四時間の情事)』のエマニュエル・リヴァ。
ハネケ監督はこのフランスを代表する二人の名優を主演に迎え、人間の「老いと死」をテーマに夫婦の「愛の最終章」を赤裸々に描いた。2012年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞している。米国のアカデミー賞でも作品賞を含む5部門で候補になり絶賛されている。
舞台は二人が暮らしたパリのアパート。ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)の老夫婦は、音楽家(ピアニスト)を引退した現在も、パリで文化的に洗練された幸福な暮らしを送っていた。しかしある朝、アンヌは脳卒中発作で意識を失い入院、成功率95%の手術だったにもかかわらず失敗に終わり、アンヌの右半身は麻痺してしまう。「もう二度と病院に連れ戻さないで」というアンヌの願いを聞き入れたジョルジュは、自宅で彼女と暮らす選択をする。ジョルジュが根気よくリハビリや介護を続ける一方、アンヌは壊れていく自らの肉体に絶望していく。娘のエヴァ(イザベル・ユペール)は、変わり果てた母の姿に深く悲しむ。そして2度目の発作が起き、しゃべることすらままならず正気を失っていくアンヌをジョルジュは見守り続けるが・・・
想い出すのは、映画『男と女』(クロード・ルルーシュ監督)のジャン=ルイ・トランティニャン。彼はレーサー役だった。そして、若き頃に二度訪れたフランス西海岸(ノルマンディ地方)の避暑地「ドゥーヴィル」。そこは『男と女』の舞台になった街。一度目はヌーベル・ヴァーグの映画が好きな高校時代の親友とのロード・ムービーのような旅で訪ねた。美しい砂浜に数百本のパラソルと水着姿の人々が並んでいた。その時、フランス人の夏のバカンスというものを知った。二度目はフランスの理学療法を見学する長い旅の途中で訪ねた。男と女が泊まったノルマンディ・ホテルは高級で泊まれなかったが、夜、レストランに食事に行った。気分はジャン=ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメだったが、メニューやワイン・リストも読めず、上流階級の社交場の雰囲気に完全に圧倒された。言葉だけでなく身の振る舞いもできなかった。そんな無力な自分が情けなかった。もう二十五年以上も前の苦い記憶。
想い出すのは、映画『ヒロシマわが愛(二十四時間の情事)』(アラン・レネ監督)のエマニュエル・リヴァ。5年前、イタリア・サントルソ認知神経リハビリテーションセンターでのマスターコースの宿題として、ペルフェッティ先生から「ヒロシマわが愛」のエマニュエル・リヴァの手の動きを分析せよと言われた。彼女の手の動きは「情動(エモーション)」を表現していた。それによって手が「脳の鏡」であることを理解した。エマニュエル・リヴァは圧倒的な身振りの美しさを醸し出す女優だ。
だが、『愛 アムール』で、エマニュエル・リヴァは「片麻痺(hemiplegia)」になる。
僕は、ジャン=ルイ・トランティニャン(ジョルジュ)とエマニュエル・リヴァ(アンヌ)の「愛の最終章」を観ながら、不意にある夫妻のことが脳裏を過った。それが誰かは記さない。僕個人の想像の物語だから・・・。
そして、『愛には他者が立ち入ってはならない領域がある』と思った。たとえ、それが娘のエヴァ(イザベル・ユペール)であっても、あるいはリハビリテーションと呼ばれる治療や看護や介護であったとしても・・・。
そのことに鈍感で無自覚な人間は「愛の意味を知らないまま人生を生きる」だろう。そんな「人間性への警告」のようなメッセージを、物語のエピソードに潜ます所(たとえば、看護師がアンヌの髪を梳いた後、手鏡で顔を見せようとするエピソード)に、ハネケ監督がカンヌ映画祭で何度もパルム・ドールを受賞する理由があるのだろう。
映画は、喪服姿の娘のエヴァ(イザベル・ユペール)が、アパートの扉を開き、誰もいない部屋を眺め、二人の「愛の意味」を感じるところで終わる。
その愛の意味は「二人の物語」としてある。つまり、意味は二人が生きた物語という文脈(コンテクスト)に埋め込まれている。それは他者が触れたり、説明したり、理解したりするものではない。ただ、意味は感じることができるだけである。
この映画を観ることで、リハビリテーションと呼ばれる治療や看護や介護に携わる者たちも、それを感じることができるはずである。特に、在宅や訪問リハビリに携わるセラピストにとって、それを感じることが自らの仕事の出発点(最低条件)となる。
『愛 アムール』は胸を打たれる映画だ。ジャン=ルイ・トランティニャン(ジョルジュ)がエマニュエル・リヴァ(アンヌ)にベッドでリハビリする姿を直視しながら、僕は二重の意味で胸を強く打たれた。
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