認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.67  「片麻痺における『前脛骨筋』の回復を論議しよう」

 先日の神戸での「第16回日本認知神経リハビリテーション学会(テーマ「運動麻痺の回復」富永孝紀学会長・河野正志準備委員長)」で、片麻痺における前脛骨筋(m.tibialis anterior)の回復についての論議があった。講演者の奥埜博之氏は歩行の遊脚期のクリアランスにおいて足関節の背屈が出現した症例への訓練を提示した。その報告には臨床で働くセラピストに「前脛骨筋の回復を決してあきらめてはならない」という強いメッセージが込められていた。

 これに対して僕はフロワーからもっと足部の細分化を目指す訓練の導入を提案した。それは「この片麻痺症例は”走るレベル”までの回復を目指すべきではないか?」という直感的な想いからだった。しかし、実は、もう一つ前脛骨筋の回復にこだわる理由があった。あるいは、一つの大きな反省があった。
 というのは、恥ずかしながら、最近、前脛骨筋の立位バランスや歩行時の作用ではなく、「起立(椅子からの立ち上がり)」時の作用に関する古い論文を読んでいたからである。恥ずかしながらというのは、その論文をもっと早く読むべきだったという後悔の念からである。もっと早く読んでいたら、より効果的な足部への治療を片麻痺患者に提供できていた可能性がある。

 その論文は『星文彦・他 : 椅子からの立ち上がり動作に関する運動分析,理学療法学,19巻,1号,p43-48,1992』である。
 この研究では片麻痺患者の椅子からの立ち上がり時の下肢筋の筋電図分析がされている。その図(本文の図8)を見ると、何と最も活動しているのは「前脛骨筋」である!!!

図 椅子からの立ち上がりの筋電図(星,1992)
図 椅子からの立ち上がりの筋電図(星,1992)

 そこから欧米の関連文献を調べてゆくと、『Munton,M:Use of electromyography to study leg muscle activity in patients with arthritis and in normal subjects during rising from a chair, Annals of the Rheumatic Diseases, vol.43,p 63-65,1984』に出会った。この研究では、椅子からの立ち上がり時に、前脛骨筋は「殿部の離床と接床の瞬間」に作用している。

図 椅子からの起立動作と着座動作の筋電図(Munton,1984)
座位 ⇒起立 ⇒立位 ⇒着座
図 椅子からの起立動作と着座動作の筋電図(Munton,1984)

 起立動作における前脛骨筋の作用はclosed kinetic movementであり、踵を床面の接地し、足底全体を支持基底面にするように作用している。closed kinetic movementでは、末端の足部の床面への固定が必須である。
 これは立位姿勢制御(立位バランス)におけるナッシュナーの「足関節ストラテジー」を考えれば明らかだ。足関節ストラテジーが使えなければ、「股関節ストラテジー」も「ステッピング・ストラテジー」も使えない。同様のことが椅子からの立ち上がり動作でも言える。
 一方、片麻痺では下腿三頭筋の緊張が高く、内反尖足となり、足底は外側のみが接床している状態で椅子から立ち上がる。そして、足関節ストラテジーは機能していない。したがって、おそらく、ほとんどすべての片麻痺患者では、この「殿部の離床と接床の瞬間」の前脛骨筋の筋活動は出現していないものと思われる。

 片麻痺歩行における遊脚期のクリアランスにおいて足関節の背屈を出現させることは極めて重要である。しかし、これまでセラピストは、椅子からの立ち上がり動作時の前脛骨筋の作用を回復させるために、どれだけ論議し、その回復のための訓練を考えて来たのだろうか?
 この前脛骨筋の作用を回復させるためには、座位で、足部を膝関節90度よりも後方に位置させた、足関節背屈位での反作用的な筋収縮を出現させる必要がある。
 長い間、この前脛骨筋の作用に無知であった。依然として、起立動作時に踵が浮いてしまう片麻痺患者は多い。これは短下肢装具を装着しても改善しないだろう。
 おそらく、この座位での前脛骨筋の作用は、遊脚期のクリアランスや踵接地期(ヒール・コンタクト時)の足背屈と繋がっている。
 論議したいのは、この前脛骨筋の作用を、どのような訓練によって取り戻すかである。そのための訓練をもっと真剣に考えようと思う。誰でもいいから、いい訓練を考えたら教えてほしい。ただし、想像力が必要である。なぜなら、それは簡単ではないからだ。もし、この前脛骨筋の作用を上手く出現させれば、患者もセラピストも一歩前進できる。きっと、片麻痺患者の起居移動動作能力は大きく変わるだろう。前脛骨筋の回復は、片麻痺患者の起居移動動作能力の再獲得に取って、それだけ大きな問題であり、大きな期待である。

 これが実現できなければ、認知神経リハビリテーションが他のアプローチより効果的だとは決して言えないし、思えない。
 これまで運動学に無知で下腿三頭筋の痙性の制御ばかり考えていた自分を反省しながら、「今からでも遅くはない」と呟いておこう。

・・・・・・・・・

[追記]

 そして、富永孝紀氏の学会長講演での「伸張反射の制御だけでは不十分で、もっと随意運動の発現(運動単位の動員)に 働きかけるべきだ」という主張は、きっとこうした前脛骨筋の筋収縮を促す訓練を求めての発言であったのだろうと思った。
 さらに、そのためには特別講演での「運動イメージ(石原孝二先生)」 や「予測的運動制御(乾敏郎先生)」 が不可欠だし、講演で中里瑠美子氏が強調したように患者の一人称的な意識経験に働きかける必要がある。また、安藤努氏が錐体路の機能につ いて講演したように、椅子からの立ち上がりも直立座位から直立位への移行という人間に特有な動作であり、その時の前脛骨筋の筋収縮は人間 の錐体路の発達メカニズムと深く関係しているだろうと思った。また、左半球損傷と右半球損傷における高次脳機能障害の問題(河野正志氏と大松聡子氏の講演)も 考慮する必要がある。
 このように「前脛骨筋の回復」と学会テーマの「運動麻痺の回復」をつなげると、一見、バラバラに思えた講義が一本の線で結ばれていたことに気づいた。

 その延長線に「行為間比較」がある。
 Buon lavoro (from Carlo Perfetti)

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